大阪高等裁判所 平成10年(ネ)1470号 判決 1998年10月23日
和歌山市<以下省略>
控訴人(原告)
X
右訴訟代理人弁護士
冨山信彦
同
山﨑敏彦
東京都中央区<以下省略>
被控訴人(被告)
野村證券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
辰野久夫
右訴訟復代理人弁護士
藤井司
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人に対し、四六〇万九〇七五円及び内四二〇万九〇七五円に対する平成五年一月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一・二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
三 この判決の第一項1は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、一八三三万六三〇〇円及び内一六八三万六三〇〇円に対する平成五年一月一二日(損害確定の日)から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
第二事案の概要
(以下、控訴人を「原告」・被控訴人を「被告」と略称する。)
本件は、被告の証券外務員の勧誘により外貨建ワラントを購入した原告が、右勧誘行為は不法行為に当たるとして、損害(ワラント購入代金一六八三万六三〇〇円とこれに対する損害発生日の平成五年一月一二日から民法所定年五分の割合による遅延損害金及び弁護士費用一五〇万円)の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 原告は、大正一四年生まれで、石油の販売、海運業、倉庫業等を営むa株式会社(以下「a社」という。)の代表取締役である。
(二) 被告は、有価証券の売買、売買の仲介等の業務を行う証券会社であり、和歌山市内に和歌山支店を有する。
(三) 被告の証券外務員B(以下「B」という。)は、昭和五六年に被告に入社し、昭和六二年一一月から平成三年一一月まで和歌山支店に配属され、証券取引を担当していた。
2 原告と被告とのワラント取引
原告は、Bの勧誘により、被告との間で、次のとおりのワラント取引をした。
(一) 神戸製鋼所ワラントの購入
原告は、昭和六三年一二月五日、神戸製鋼所の外貨建ワラント(数量二〇〇、買付価格三九二一万六〇〇〇円)を購入し、四日後の同月九日、これを八七万一七九八円の利益を出して売却した(別紙ワラント売買一覧表番号1)。
原告は、同月一二日、同ワラント(数量二〇〇、買付価格四一二一万五〇五〇円)を再度購入し、二日後の同月一四日、これを四七万六三七九円の利益を出して売却した(別紙ワラント売買一覧表番号2)。
(以上の取引を「本件(一)ワラント取引」という。)。
(二) 小松製作所ワラントの購入
原告は、平成元年一一月一四日、小松製作所の外貨建ワラント(数量四五、買付価格一六八三万六三〇〇円)を購入したが、右ワラントは平成五年一月一二日の経過により権利消滅して、原告は購入価格相当額の損失を被った(別紙ワラント売買一覧表番号14。以下「本件(二)ワラント取引」という。)。
(三) 右のとおり、原告は被告とのワラント取引により、本件(二)ワラント取引のみでは一六八三万六三〇〇円の、本件(一)・(二)ワラント取引(以下合わせて「本件各ワラント取引」という。)全体では差引き一五四八万八一二三円の損失を被った。
二 争点
1 被告の証券外務員Bの原告に対する勧誘行為は不法行為(適合性原則違反、説明義務違反、断定的判断の提供)を構成するか。
2 損害額
三 争点1についての原告の主張
本件(二)ワラント取引は、次のとおり、Bの違法な勧誘行為によりなされたもので、Bの雇用者である被告は、民法七一五条に基づき、本件(二)ワラント取引により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。
1 適合性原則違反
ワラントは、他の証券投資における商品とは比較にならない独自のシステムと難解さ・投機性の高さを有し、また顧客の売買の相手方が証券会社であるという相対取引であるにもかかわらず、本件各ワラント取引当時、その特異な商品特性は顧客に周知されていなかった。
原告は、本件各ワラント取引以前に相当額の株式取引や信用取引の経験を有していたが、それも自己の判断に基づく取引ではなく、証券外務員が勧めるままの取引をしていたにすぎず、株式取引に対する知識、経験はワラント取引を行うには不充分であった。
以上のようなワラント取引の性格、原告の知識、経験に照らせば、本件ワラント取引について、原告に適合性はない。
2 説明義務違反
(一) 証券取引の基本となる商品の内容や取引態様に関する十分な説明とそれを投資家が理解したことの確認とは、証券外務員が投資を勧誘する際の最低限の義務であり、証券取引において投資家の自己責任原則が妥当するための前提条件である。
証券取引法四七条の二は、ワラント取引につき、予め顧客に対し取引の概要その他大蔵省令等で定める事項を記載した書面を交付しなければならない旨を定め、公正取引慣習規則九号六条三項も、ワラント取引について、顧客に予め所定の説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項を十分説明するとともに、取引開始に当たり、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認書を徴求する旨を定めている。
右各規定は公法上の取締法規又は日本証券業協会員の内部規則ではあるが、ワラント取引の仕組みが複雑で危険性の高いものであることに基づき、一般投資家の保護・育成を目的として制定されたものであるから、証券外務員は、一般投資家を勧誘するに当たり、右規定の趣旨・内容に則り、顧客がワラント取引の概要・危険性について的確な認識を形成するに足りる十分な説明をする義務がある。
(二) ところが、Bが原告にワラントについて説明したのは昭和六三年一二月五日であり、しかも電話で説明したにすぎないから、それによって原告がワラント取引の概要や危険性について的確な認識を形成したとは到底いえない。原告は、Bから「絶対に損のない商品」と言われて、転換社債のようなものと思って神戸製鋼所ワラントを購入した(本件(一)ワラント取引)ものであって、ワラントの危険性についての説明は一切受けていない。Bは、以前にNTT株や野村證券株で原告に大損をさせているので、右ワラント取引を勧誘するに際しては、ハイリスクの面を隠してハイリターンの面のみを強調したものと推認される。Bがワラント取引確認書(乙二)を徴求したのは右ワラント取引の終了後である。
本件(二)ワラント取引はそれから約一年後のことであり、Bもその際の勧誘は電話で行い、かつ、改めてワラントについての説明はしなかったことを認めている。
(三) 以上のように、原告に対するBの勧誘は、ワラント取引の勧誘において要求される説明義務を尽したものでなかったことは明らかである。
3 断定的判断の提供
(一) 証券取引法五〇条一項一号は断定的判断の提供による不当な勧誘を禁止しているが、「絶対に損のない商品である」などというセールストークは当該商品が極めて有利なものとの誤解を顧客に与え、顧客が自らの責任でその商品の調査研究を行う意思を放棄させるおそれがあるため禁止されているのである。本件におけるBの勧誘方法は、正にそのようなセールストークを用いたものであった。
(二) 原告は、本件(一)ワラント取引以前にも、「絶対儲かる」と言われて買った野村證券株が値下がりして損失を被っていたことから、右のセールストークを聞いてBが救済銘柄を持ってきたと理解した。つまり、原告は、以前の「絶対儲かる」という約束をワラントで実現し損失を補填してくれるものと理解したのである。Bの言う「絶対儲かる」というのは、その商品が構造上絶対儲かるというのではなく、儲かる見込みが非常に高いということと、仮に見込みが外れても、被告による操作や事後の補填等で最終的には損はさせないという意味である。そして、現にワラント取引で利益を得たことにより、Bの言ったセールストークが実現し、これによって、原告はBの言を非常に信頼するようになったものである。したがって、本件(二)ワラント取引以前にワラント取引により利益を得た経験があるからといって、原告がワラント取引の危険性を承知していたことにはならない。
「絶対儲かる」といわれてした取引で利益が出た後に説明書(乙一)を交付されても、正に規則上必要なので形式上置いていくというに過ぎず、それを読んでも中身をよく理解したり記憶したりできないのもごく自然なことである。
Bは、「ワラント取引は絶対に損することはない。」と言って執拗な勧誘をしているが、これは断定的判断の提供であって違法な勧誘である。
四 争点1についての被告の主張
1 適合性原則違反について
原告は、昭和六一年から、被告をはじめ複数の証券会社と取引しており、取引内容をみても現物株、転換社債のほかに信用取引も始め、鉄鋼株を中心に一〇万株単位で大規模に行っていて、証券取引について相当な知識、経験を有しており、理解力も十分であった。
そして、銘柄等にも十分な関心を示して、担当者から勧誘されてもこれを鵜呑みにせず、自ら納得しなければ購入しなかったのであり、自己の相場観で取引してきたのであるから、ワラント取引についての適合性は十分であった。
2 説明義務違反について
Bは、前から原告が好んで取引していた鉄鋼株の一つである神戸製鋼所の株価が上昇しそうな状況にあったことから、昭和六三年一二月二日、原告に対し、電話によりその旨伝えたところ、原告もその相場観に同意した。当時株式相場は同年一一月頃から値上がり基調が続いていた。
そこで、Bは、原告に対し、「もし神戸製鋼所株がこれから上がると考えるのであれば、ワラントの方が良いのではないか。」と述べて、ワラントへの投資を提案したところ、原告から「ワラントとはどういうものか。」と質問されたため、ワラントは予め決められた価格で株式を購入することができる権利であって、その権利を売買するものであること、ハイリスク、ハイリターンの商品であり、価格は株価に連動するが、それよりも値動きが大きいこと、行使期間が決まっていて、それまでに権利を行使するか売却しないと最後にはゼロとなること、ドル建てなので為替の変動にも影響されること等を説明した。原告から「ゼロになるような商品で、大丈夫か。」と尋ねられたため、行使期限までにまだ余裕があるから、神戸製鋼所の株価が今後上昇すると考えるのであれば、ワラントを買っても良いのではないかと勧めたところ、原告は神戸製鋼所ワラント一〇〇ワラントの買付けを注文した。
もっとも、その際、原告が、「手元で保有している三菱金属五万株を売却して、その代金でワラントを買う。」と述べたため、Bは、当日は、三菱金属株の売却のみを発注し、翌営業日である同年一二月五日(月曜日)午前、ワラントの単価を原告に連絡するとともに、三菱金属の株券が当日確実に入庫されるのを確認して、神戸製鋼所ワラント一〇〇ワラントの買付けを発注した。
そして、同日午後、同ワラントが値上がり始めたため、その旨原告に連絡して、さらに一〇〇ワラントの追加買付けを決め、これを発注した。
こうして、原告は、同年一二月五日、被告から神戸製鋼所ワラント二〇〇ワラントを合計三九二一万六〇〇〇円で買い付け、これを同年一二月九日に四〇〇八万七七九八円で売却して、約八七万円の利益を得た(別紙ワラント売買一覧表番号1)。
その後、神戸製鋼所ワラントが少し値下がりしたため、Bは、同月一二日、原告に対し、同ワラント二〇〇ワラントを再度買い付けるように勧めた。この際、Bは、一二日の買付単価(三三・五〇ポイント)が九日の買付単価より値下がりしていることを説明するため、外貨建ワラントの買付単価が売付単価より一・五ポイント高く、したがって、九日の買付単価は三四・五〇ポイントであったことを説明した。右勧誘により、原告は、同年一二月一二日、神戸製鋼所ワラント二〇〇ワラントを買付単価三三・五〇ポイントで購入し、同月一四日、これを売付単価三四ポイントで売却して約四七万円の利益を得た(別紙ワラント売買一覧表番号2、以上本件(一)ワラント取引)。
Bは、昭和六三年一二月一六日頃、野村証券作成にかかる「ワラント取引説明書―その特長と仕組みについて」(乙一)などを持参してa社の事務所を訪問し、原告に対し、右説明書の内容を読み上げながら、ワラントの商品内容を再度説明した上、同説明書末尾に綴られているワラント取引確認書を切り離して署名捺印を求め、右確認書を徴求してその残りを原告に交付した。
原告は、その後、被告との取引をほとんど行わなかったが、a社や家族の名義で、他の証券会社と頻繁にワラント取引を行うようになった。
Bは、平成元年一一月一四日原告に電話して、小松製作所のワラントの購入を勧誘したが、その際、ワラントがハイリスク、ハイリターンの商品であることを再確認させたうえ、同ワラントの行使期日、行使価格を具体的に述べて購入を勧誘した結果、原告は右ワラントを購入するに至った(別紙ワラント売買一覧表番号14、本件(二)ワラント取引)。
以上のように、Bは本件各ワラントの取引に先だって、ワラントの性格や危険性について十分に説明しており、ワラント取引説明書も交付しているから、説明義務違反はない。
3 断定的判断の提供について
Bが本件ワラントの勧誘をした経緯は右2のとおりであって、Bはワラントについて、「絶対に損のない商品である」などとは言っていない。原告もBの説明を受けている以上、ワラントが絶対に損のない商品であると考えるはずもない。
第三争点に対する判断
一 事実経過
前記争いのない事実に証拠(甲一の1・2、六〇、六一の1、2、六二、六三の1・2、六五、六六、七〇、乙一、二、四の1ないし3、八の1・2、一一ないし一六、一八ないし二七、四七、原審証人B、同C、原審原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 原告は、平成元年当時、○○組合等の和歌山支部役員をも兼務し、経済人として幅広く活動すると共に、個人でも億単位の金融資産を保有していた。そして、石油業界関係の新聞のほか、複数の日刊紙を定期購読し、景気の動向等、経済界の状況を把握することにつとめていた。
2 ワラント取引以前の原告の証券取引の経験
(一) 原告は、昭和六一年八月まで証券取引の経験はなかった。
(二) 被告との取引
原告は、同月三〇日、被告において新規に開設した原告名義の取引口座で石川島播磨重工株を現物取引で購入し、以後、本格的に証券取引を始めた。そして、同年九月には、信用取引口座も開設するなど積極的な証券取引を行い、取引開始後昭和六二年六月までの間に、株式の現物取引により一四〇〇万円を超える利益を、株式の信用取引により五〇〇〇万円を超える利益を得ていた(未決済分を除く。)。また、新規発行の転換社債一銘柄でも約五三九万円の利益を得た。
他方、NTT株(昭和六二年二月二七日と同年三月四日の二回購入)計七〇株(買付代金二億円余)、神戸製鋼所株(同年二月二八日に信用取引により購入)と川崎重工株(同年五月六日購入)各一〇万株はいずれも値下がりして、多額の評価損が生じた。
そのため、原告は、昭和六二年六月一〇日以後、被告での新たな取引を中止していた。
(三) 日興証券との取引
原告は、右以降は、以前に新規発行の転換社債で利益を得たことのある日興証券で取引することとし、同年七月一日以降、同社との間で、活発に株式の現物取引、信用取引を行った。
(四) 大和証券との取引
また、原告は、同年八月からは、大和証券においても、a社名義で株式の取引(東京放送とキャビンの公募株の購入、三菱重工株五万株、三越株三万株等の購入)を行った。しかし右の取引で多額の評価損が生じたため、昭和六三年四月二一日以降は同証券との取引も中止した。
(五) 被告との取引の再開
Bは、昭和六二年一一月に和歌山支店に配属になり、前任者から原告の担当を引き継いだ。Bは、原告を訪問したり、電話により、株式取引をしきりに勧誘した。
これに対し、原告はなかなか被告との取引再開に応じなかったが、Bにおいて東京湾再開発事業の進展に伴い鉄鋼株が非常に注目されると言って強く勧誘したところ、原告は、昭和六三年二月二九日被告との取引を再開することに応じ、同日に新日鉄株一〇万株、同年三月二日に東芝ケミカル公募株を各現物取引で、同年三月七日にはNKK株一三万株等を信用取引によりそれぞれ購入し、その後約一か月間で、右新日鉄株と東芝ケミカル株で約四七〇万円、右NKK株で約二〇万円の利益を得た。
原告は、昭和六三年三月二四日、当時の被告和歌山支店長であったDとBから、「儲けてもらうようにするから、野村證券(被告)の株式を買ってもらいたい。損することはない。」旨の勧誘を受け、支店長が同席した上での勧誘であったことから、右取引に応じ、野村證券の株式三万株(買付代金約一億二九一七万円)を購入した。次いで、同月三〇日には王子製紙株七万株を信用取引・現物取引双方で、同年四月一日にはニチレイ株一〇万株を信用取引で、それぞれ購入した。しかし、右野村證券株は値下がりし多額の評価損が生じたため、同年五月一一日に株券の引渡しを受け、また、右王子製紙株、ニチレイ株については計八五〇万円余りの損失を出して売却した。
そのため、原告は、同年五月一一日をもって、被告との証券取引を再び中止し、その後は日興証券のみで証券取引を行っていた。
(六) これら原告の各証券会社での取引は、大部分が株式取引(現物及び信用)であって、それ以外の取引は極めて少なく、転換社債は、被告では新規発行四銘柄と既発行一銘柄を取り引きしただけであった。
3 本件(一)ワラント取引
(一) Bは、前記野村證券(被告)株の取引等による損失を原告に詫びるとともに、「株で損失を生じさせたので、次は必ず儲けてもらう。」と言って、原告に対し、出勤前の朝に電話したり、a社の事務所に赴いて、何度も株式取引を勧誘したが、原告はこれになかなか応じなかった。
(二) Bは、昭和六三年一二月二日、原告に対し電話で、神戸製鋼所の株式が上昇傾向にあるとして、絶対損のない商品として神戸製鋼所のワラントの購入をすすめた。
原告は、これまでワラント取引の経験はなく知識もなかったので、ワラントの内容をBに質問したところ、Bは、ワラントは予め決められた価格により新株を引き受けることができる権利であるが、新株の購入については行使期限があり、その期限をすぎると無価値になること、ワラント価格は株価に連動するが値動きは株式に比して激しいこと等をワラントの概要として説明した。
原告は、右電話での説明のみではワラントの仕組みを理解することはできず、「心配はないのか。」と尋ねたが、Bから「今回は株価が上昇しているし権利行使期間も長いので絶対損のない商品である。」と断言するような口調で勧誘された上、以前から何度も、「株で損失を生じさせたため、次は必ず儲けてもらう。」といわれていたこともあって、Bの見込どおり神戸製鋼所株が値上がりするものと判断し、ワラントの特性はよく理解できないまま右勧誘に応じて神戸製鋼所ワラントを購入することにした。
(この点につき、Bは、「絶対損はしない」などとは説明していないと供述する。しかし、被告の勧誘で行った証券取引で二度までも多額の損失を出した末、被告との証券取引を中止していた原告を三度取引に勧誘し、しかもワラントという原告にとって未知の商品を勧誘したにもかかわらず、電話での応対のみで原告が改めて証券取引に応じる意思を固めたのは、株価の値上がりが確実で絶対損失はないとの言質があったからであると推認するのが合理的であって、原告本人の供述に照らしても、Bの右供述を採用することはできない。)
(三) 原告は、右の電話でBに対し、右ワラントの購入代金は原告の保有する三菱金属株を売却して充当するよう依頼し、Bはこれを受けて翌営業日である同年一二月五日(月曜日)に右神戸製鋼所ワラント一〇〇ワラントの購入を発注した。
さらに、原告は、同日午後、Bから同ワラントが値上がり始めたとの連絡と勧誘を受けて、さらに一〇〇ワラントの追加買付けを発注し、右購入代金も同じく三菱金属株の売却代金をもって充当した。
こうして、原告は、同年一二月五日、被告から神戸製鋼所ワラント二〇〇ワラントを代金計三九二一万六〇〇〇円で買い付けたが、同月九日、Bから株価の上昇中に売却して利益を出してはどうかとの勧めがあったので、それに応じて売却し、約八七万円の利益を得た。
(四) その後、神戸製鋼所ワラントは少し値下がりしたが、Bは、同月一二日、原告に対し、株価の上昇見込は変わらないと述べて同ワラントを再度購入するように勧めた結果、原告は、同日、さらに神戸製鋼所ワラント二〇〇ワラントを購入した。
右ワラントについても、原告は、Bの勧めに従って、同月一四日に売却して約四七万円の利益を得た。
(五) Bは、右取引終了後まもなく、ワラントの特徴や仕組み・ワラント取引の有利性と危険性等が記載されたワラント取引説明書を持参して、a社の事務所に赴き、この前儲かったワラント取引についての書類であると言って、ワラント取引説明書に綴られているワラント取引確認書を切り離してこれに署名捺印を求めた。既に取引自体は終了していたので、Bにおいて改めてワラントの説明をすることも、また、原告からもその説明を求めることもなく、原告は右確認書に署名捺印した。Bは、右確認書を持ち帰ったが、ワラント取引説明書の本体は原告に交付した。
(この点につき、原告は右説明書を受け取っていないと供述するが、右説明書と一体となった右確認書に署名押印していることは認めているのであって、右供述はにわかに措信し難い。
他方、Bは、昭和六三年一二月一六日頃、右説明書を原告に交付した際、再度ワラント取引について詳細な説明をしたと供述するのに対し、原告はそれを強く否定している。取引終了後にワラント取引について詳細な説明をする必要性は認められず、また、説明書と同時に受領したとする右確認書の日付は空白であったのに後日被告担当者が一存で一二月五日と記入し、あたかも最初のワラント取引時に説明書を交付したかのような体裁を整えている《B証言》が、そのような作為が必要であった理由についての合理的な説明はない(正規の説明をし原告の理解を得られているのであれば日付を空白にする必要はない)ことからすると、Bの右供述を採用することはできない。)
4 その後の原告と他の証券会社との取引
原告は、a社の代表者として、a社名義で、日興証券と別紙ワラント売買一覧表番号3ないし13記載のとおりのワラント取引をした。原告は、このほかにも、日興証券との間では妻名義で、大和証券との間では子供名義でそれぞれワラント取引をしている。
5 本件(二)ワラント取引
原告は、平成元年一一月一四日、格別の説明を受けることなくBの勧誘に応じて、小松製作所ワラント四五ワラントを一六八三万六三〇〇円で購入した。
右の購入したワラントの価格は、その後の株式相場一般と共に大幅に下落して低迷し、原告はこれを売却したり権利行使することなく、権利行使期限を迎え、その購入金額全額の損失を被った(別紙ワラント売買一覧表番号14)。
6 右小松製作所のワラント購入後も、原告は、日興証券との間で、a名義で別紙ワラント売買一覧表番号15ないし18記載のとおり、ワラント取引をしている。
二 ワラントについて
ワラント(新株引受権証券)とは、一定の期間(権利行使期間)内に一定の価格(権利行使価格)で一定の数量(一ワラント当たりの払込金額を権利行使価格で除したもの)の新株を引き受けることのできる権利又はその権利が表章された証券をいい、具体的には分離型ワラント債のうち分離後の新株引受権部分をいう。
権利行使期間はワラント債発行時に予め決められ、この期間が経過すると新株引受権を行使することはできずワラントは無価値となる。新株引受権を行使して新株を購入するには別途株式購入代金を支払う必要があり、その金額は外貨建ワラントの場合一ワラント当たりの額面金額に固定為替レートを乗じた金額とされている。
したがって、株価が権利行使価格を上回れば、株式取引に比較してより少額の資金で株式投資と同等以上の利益を得ることができるが、株価が権利行使価格を下回るときは、新株引受権を行使する実益は失われ、権利行使期間の経過前でも経済的には無価値となることがある。
ワラントの価格には理論価格と流通価格とがあるが、プレミアムを含む流通価格は複雑な要因によって変動し、とくに外貨建ワラントについては、国内に取引市場がないため、前日のロンドンマーケットや当日の東京株式市場の株価動向を基に各証券会社がその価格を決定しており、一般投資家は証券会社との相対取引によってこれを購入する以外に方法はない。外貨建ワラントの取引価格は当初公表されていなかったが、平成元年五月一日以降、代表的な銘柄については店頭気配値が新聞などに公表されることとなった。
以上のように、ワラント取引は、投資効率の高い反面、株価の低落によって投資金額をすべて失う危険性も極めて高いものである。
(甲四の1・2、六の2、七、乙一、一六、弁論の全趣旨)
三 ワラント取引の勧誘における証券会社の説明義務
1 証券取引の中には投資額のすべてを失う危険を含んだ取引があることは周知の事柄であるから、投資者が自発の意志で証券取引を申し込む場合は別として、証券会社が特定の銘柄を推奨して一般投資家を証券取引に勧誘する場合には、顧客が既に当該投資商品の取引を熟知している場合を除き、原則として、当該商品の取引に不可欠な商品の構造、取引価格の形成・変動の仕組み、取引による利得や損失の危険等について十分な説明を行い、それについて顧客の理解を得たうえで、顧客自らの責任と判断で取引ができるよう配慮すべき信義則上の義務があるものといわなければならない。
とりわけ、特異な商品特性を有する外貨建ワラントの取引に一般投資家を勧誘する場合においては、投資家の年齢、職業、資産、証券取引に関する知識や経験、投資目的に照らし、ワラントの商品構造と取引の仕組み、すなわち、ワラントの理論価格(パリティ)と流通価格との関係、権利行使期間の存在とその効果、権利行使価格と株価の関連、いわゆるギアリング効果と損失の危険性、外貨建ワラントについては国内の取引所がなくその取引は証券会社との店頭相対取引に限定されること、ワラントの流通価格は株価の変動のみでなく種々の要因によって複雑に変動すること、したがって、転換社債とは異なり権利行使期間が過ぎれば証券として無価値となること、権利行使期間内でも株価が権利行使価格を下回ればワラントの売却は困難となり、残存行使期間の如何によっては期限前でも売却の機会が減少し事実上無価値に等しくなること、しかも、ワラントの流通価格は事実上相対する証券会社を通じてでないと知ることができないこと等を十分に説明し、それについて顧客の理解を得るようにすべき義務があるといわなければならない。
2 本件についてこれをみるに、原告は、会社経営者として元来経済の動向への関心は高く、昭和六一年八月に証券取引を始めて以降、短期間に株式の現物・信用取引を繰り返してそれに習熟していたことが窺われるが、原告の取引傾向には多額の損失を出したときは以後の投資を控えるなどの慎重な一面があり(被告との取引を二度中止している)、被告の証券外務員からの度重なる勧誘によってようやく証券取引を再開したことは前記認定のとおりである。
野村證券(被告)株への投資が失敗に終わり多額の損失を出して証券取引を停止していた原告が本件各ワラント取引を行ったのも、同様に被告の証券外務員の執拗な勧誘によってであったから、これを原告の自発の意思による取引ということはできず、また、原告にとってワラント取引は初めてであり、ワラントの特性や取引の仕組みを熟知していなかったことも明らかである。
したがって、証券外務員たるBとしては、こうした原告に対してワラント取引を勧誘するに当たっては、前記のようなワラントの商品構造や取引の仕組みをよく説明し、十分な理解を得た上で取引を受注すべきであったのに、本件(一)ワラント取引においてBが説明した内容(前記一3(二))はワラント取引のおおまかな内容にすぎず、しかも電話による説明であって、それによっては原告が自らの責任と判断でワラントの売買を行えるだけの理解を得るに至っていなかったことは明らかである。
その後のワラント取引説明書を交付した際や本件(二)ワラント取引の際には、Bは原告に対し、改めて必要な説明をしていないのであるから、本件(二)ワラント取引において、Bは、一般投資家をワラント取引に勧誘する際に要求される説明義務を尽くしていなかったものといわなければならない。
のみならず、本件(一)ワラント取引の際、Bは、前回の自社株の取引での損失を回復する方策としてワラント取引を勧め、それに原告を応じさせるために株価の上昇を根拠として挙げた上、絶対損のない商品であるとしてワラントを紹介しているのであって、あたかも原告にワラント取引によって前回の損失の回復が確実であるかのように思わせて右取引を勧誘したもので、本件(二)ワラント取引においても、原告はそうした判断に基いてBの勧誘に応じたものということができる。
本件(一)ワラント取引が短期間の売却によって利益を出したことから、原告はワラント取引によって損失の回復が確実であるとの具体的な裏付けを得て、かえって右のような思い込みを強めたものと窺われる。
3 原告は、本件(一)ワラント取引以後本件(二)ワラント取引までの間に、a社名義で日興証券との間で別紙ワラント取引一覧表番号3ないし13のとおりのワラント取引を行い、短期間で売却したものについては相当額の利益を得ていることは前記のとおりである。
被告は、右取引経験をもって原告がワラント取引を熟知している根拠とする。
しかし、右取引のうち短期間で売却していないものについてはいずれも権利行使期間を徒過して権利消滅に至り、かなりの損失を被っており、このことはかえって証券会社からの適切な取引の指示がなければ原告が自らの判断でワラントを売却することができなかったことを示すものともいえるのであって、被告の右主張を直ちに採用することはできない。
4 してみると、Bは、ワラント取引について知識が十分でない原告に対し、本件(二)ワラント取引を勧誘するに当たって、証券外務員として尽くすべき説明義務に違反したことが明らかであって、右勧誘は違法として不法行為を構成するというべきである。
以上によれば、被告は、原告に対し、Bの右不法行為につき民法七一五条に基づく損害賠償責任がある。
四 原告の損害
原告は、本件(二)ワラント取引により、その買付代金相当額一六八三万六三〇〇円の損害を被ったものと認められる。
五 過失相殺
ワラントの商品構造や取引の仕組みが複雑かつ専門的であって、一般投資家には容易に理解し難いものがあるにしても、原告は、企業経営や株式取引の能力は十分に有しているのであるから、被告から交付されたワラントの説明書を十分に読み、不明な点はBに問い合わせるなど、投資家としてワラント取引に対する必要な関心を持って理解する努力をしていれば、ワラントの商品特性を理解し価格の動向をも把握して自らの判断で取引をすることはさほど困難ではなく、とくに平成二年五月以降は被告からワラントの時価評価が通知されていた(乙五ないし七)のであるから、それによって約三年以上にわたる権利行使期間内にワラントを売却し損失を最小限度に収めることも可能であったと窺われるから、本件(二)ワラント取引による前記損害の発生には原告の落ち度も相当程度寄与していることは否定できない。
そうして、前示のような本件ワラント取引の経過、その他一切の事情を勘案すれば、過失相殺として前記損害額から七五%を控除するのが相当である。
したがって、原告の損害額は四二〇万九〇七五円と認められる。
六 弁護士費用
本件記録によれば、原告が本件訴訟の提起追行を弁護士に委任したことは明らかであり、本件事案の内容・訴訟の経過・認容額その他一切の事情を斟酌すると、前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては四〇万円が相当と認められる。
第四結論
以上の次第で、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し、損害賠償として四六〇万九〇七五円及び内四二〇万九〇七五円に対する損害確定の日である平成五年一月一三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるので右部分を認容し、その余は理由がないので棄却すべきである。
よって、これと異なる原判決部分を本判決主文第一項のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 川神裕)
<以下省略>